オカルト・ドラッグ・精神分析

2000年、『新・社会人の基礎知識101』(新書館)に掲載された内藤朝雄さんの文章です。


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 「オカルト・ドラッグ・精神分析

 オカルトは、常態(あたりまえ)の世界体験とは別の次元に隠されているものを探り、表の世界の裏に蠢(うごめ)く力を理解、習熟、操作しようとする運動である。この運動の歴史は古く、ルネサンスを皮切りに現代にいたるまでオカルティズムの盛り上がりは何回も満ち引きしてきた。現代の先進諸国に大きな影響をおよぼしたオカルティズムの潮流は、1960年代のカウンターカルチャーあるいはサブカルチャーであろう。
 60年代のアメリカ合衆国では、公式の重要価値から脱し新たな価値創造をめざす運動が、若者の間で大流行した。この運動は、左翼とオカルトと反戦とリベラルの雑駁な混合物であった。この運動のるつぼの中で、歴史的に何度目かのオカルトの大流行が胎動した。この運動が大衆的に大流行するに従って、ヨーロッパやインドやアジアや南米のさまざまな神秘主義のスタイルが雑駁に混ぜ合わされていった。
 オカルト的な神秘追求の手段として、主観的な世界構成感覚(わたしにとって世界がどう感じられるか)に生化学的に作用するドラッグが、しばしば用いられた。このことは後に、ドラッグ濫用の蔓延、そしてドラッグを売りさばくマフィア勢力の拡大という「意図せぬ結果」をもたらした。
 さらにこのオカルトとドラッグのセットを用いたカルト教団は、しばしば信者たちの市民的な自尊心や自己保存能力を解除し、彼らを強力な集金・セックス・暴力のマシーンに変造しつつ、新たなタイプの犯罪組織になっていった。たとえばラジニーシ教団がマフィア企業として行う祭政一致的なリアル・ポリティクスには、十数年後のオウム教団の手口をおもわせるものがある(ヒュー・ミルン『ラジニーシ・墜ちた神』第三書館)。
 人間を根こぎにするコミューンの自己裂開部駆動型収奪は、少数の者が始めた運動が規模を拡大し、金と権力が運動を貫く局面でエスカレートする。たとえばヤマギシ会のような集団が、金と権力に貫かれながら巨大な収奪マシーンに変貌していくプロセスを研究することで、少なくとも組織を大規模化させない手だてを考えることができるかもしれない(米本和広『洗脳の楽園』洋泉社、斉藤貴男『カルト資本主義文藝春秋)。
 オカルト運動は、それ自体では良くも悪くもなく、あるタイプの人々に大きな魅力を感じさせるものである。集団の暴走と収奪を防ぐ厳格な法制度を整備したうえで、人々がそれぞれの好みに応じて「神秘」にコミットする自由を保証することが大切である。すなわち暴行や監禁や脅迫や詐欺などは厳罰に処するが、どんな「わけのわからない」リアリティを生きようと自由である、という公共空間の枠組みが必要である。
 オウム教団の組織的な暴力に対しては破壊活動防止法を適用すべきである。左翼反動勢力が歴史的な遺恨から破壊活動防止法を機能停止状態にしてしまったため、危険な殺人教団を、転入・就学の不法拒否やつるし上げ的な住民運動といった非公式の圧力で排除せざるを得なくなった。このようなタイプの圧力を秩序維持の装置として社会に埋め込むことにより、「地域のわれわれ」の伝統と共通善に著しく反すると感じられるものは迫害・排斥してもよいという、コミュニタリアン全体主義が蔓延しかねない。法が機能しないところで、非公式の排斥をはびこらせるのは、オウム教団以上に危険である。人々が他に害を及ぼさない限りにおいて多様な生のスタイルを享受する自由のためにも、暴力に対するうむをいわさぬ法的厳罰主義が必要である。オウム教団に破防法を適用するのは、今からでも遅くはない。それは自由のためである。
 さらに忘れてはならないのは、危険なタイプの何百倍もの数の、無害な「神がかり」たちが世に棲んでいることである。あのやさしく無力な千石イエスが「石もて追われる」姿は痛々しい。イエスのはこぶね教団に対する世をあげての迫害は、日本の「原罪」として記憶に焼き付けておかねばならない。大量殺戮を企てたオウム教団を壊滅させ、ヤマギシ会の子どもたちを実力行使で解放しつつ、そこかしこの千石イエスたちを迫害することを決して許さない、実効的な法制度を確立する必要がある。
 精神分析も深層に蠢(うごめ)く力を追求する運動であるが、日本社会では知的な金持ち文化が育たず、保険適用もされず、大きな社会的勢力にならなかった。しかしだからこそ、金と権力に貫かれることもなく、少数の求道者による段階にとどまり続けることができた。筆者は精神分析のアマチュア愛好家として、このことをうれしく思う。
 「あやしげな」ことを享受する集団は、金と権力を持たず、ひたすら「それ」自体によって輝く少数精鋭集団であることが大切である。組織を拡大しようと腐心するとき、光は失われ、おぞましい怪物へと変成していく。

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