ウィルス対策に関わるいくつかの提言

朝日新聞2009年5月4日朝刊より

鳥インフルに豚の1割感染。人感染のタイプも。インドネシア
 全身感染性の強毒型鳥インフルエンザウィルス(N5N1型)がインドネシアの豚に広がっていることが、神戸大感染症センターの調査で分かった。人に感染するタイプに変異したウィルスも見つかった。新型の豚インフルエンザに警戒が集中しているが、トリインフルエンザの脅威も確実に高まっている示す示す結果だ。/神戸大チームは05〜07年、現地のアイルランガ大熱帯病研究所と共同で4州の豚計402頭の感染状況を調べた。/その結果、全体の1割を超える52頭からH5N1型ウィルスが見つかった。うち1頭から分離されたウィルスは鳥にも人にも感染するタイプとみられることが分かった。鳥のウィルスが豚に感染を繰り返すうちに、人にも感染するタイプに変化したとみられるという。(以上朝日新聞記事より)


 今回の豚インフルエンザがどれほどの致死性を持っているかはわからない。幸運なことに、そんなに危険なタイプではなかったのかもしれない。しかし、人に感染すると致死率がきわれて高いといわれる鳥インフルエンザが、豚の中に入って変異し、致死率が高いまま人に容易に感染するタイプに変異した場合、ものすごい数の人が死ぬことになる。

 インフルエンザに限らず、グローバル化された時代には、ある地域で発生した新型病原菌が瞬時に地球上の人口密集地域に拡散する。コロンブスの時代ですら数年単位で梅毒が世界に拡散した。さらに「地球が小さくなった」現在では、大量の人が瞬時に世界中の人混みを行き来する。数年前のSARSのときは、たまたま菌の「お人柄」がよくて助かったが、場合によってはすさまじい数の人々が死んでいたかもしれない。こういう「ニアミス」が何回かあった後に、人類の大量死が起こる。わたしたちの数人い一人が非業の死を遂げる可能性があるのだ。
 仮に今回の豚インフルエンザが凶悪なタイプでなかったとしても、SARSの時と同様、ひやっとさせられる「ニアミス」であることに間違いはない(もちろん、今回の豚インフルエンザが凶悪なタイプに変異する可能性もゼロとはいえない)。鳥インフルエンザが単独で、あるいは豚などを介して、人間間の感染力が強いタイプに変異する破局に向かって、確率的なカウントダウンが進んでいることは間違いない。
 インフルエンザに限らず、グローバル時代を生きるわたしたちは、病原菌相手のロシアンルーレットにつきあわされているのだ、ということを忘れてはならない。これからは、対策を万全にしておかなければならない。

 報道では、現在、空港での検疫を強化している姿がしきりに映し出されている。しかし、WHOの専門家によれば、そんなものは、ほとんど意味がないそうだ。いったん、新型インフルエンザが発生すれば、国境線でのブロックは不可能だ。かなりの確率で、われわれは大量死の運命にさらされる。



 さて、先日政府は、15兆円の追加経済対策を発表したが、【きちんと考え抜かれていないばらまき】に終わりそうだ。このお金の使い道には、「国立メディア芸術総合センター」なる「国営の漫画喫茶」のようなものをおよそ100億かけてつくるという計画まであるそうだ。
http://www.insightnow.jp/article/3341
http://animeanime.jp/biz/archives/2009/04/117_3.html



どういうところに金を使うべきか、考えてみよう。



 まず、タミフルリレンザなどを大量生産し、国民全員分行き渡るようにするべきだ。それは、今回の豚インフルエンザ対策に限らず、同じようなことが起こる可能性にそなえてである。そして、平時の余っているときは、貧しい国に人道的援助で提供しよう。金や食料であれば現地の腐敗政権にもって行かれるが、こういう物品は、困っている人を助ける意外に使い道がないからこそ、援助に最適なのだ。また、大量生産すればするほど、単価はべらぼうに安くなる。
 その財源がなくて、なぜ、「国営の漫画喫茶」の財源があるのだろうか?

【細胞培養法によるワクチン製造】 現在、日本ではインフルエンザワクチンは、鶏卵を使って製造している。
これだと、インフルエンザの変異に応じて、迅速に舵を切り、大量に生産するのがむずかしい。
現在、世界では細胞培養法の技術開発が進んでいる。
鶏卵法とは別の、細胞培養法で、新しいタイプのワクチンを大量生産できる技術に、巨額の予算を割くべきだ。

【宅配医療】 もし致死性の強いインフルエンザ(インフルエンザに限らず感染力と致死性の高い病原菌)が大流行した場合、病院が最も危険な場所になる。
郵便や電話や電子メールやインターネット診断で、症状を聞き、郵便や宅配でタミフルリレンザなどを送るシステムをつくるべきだ。

【宅配ワクチン】 病院に行かなくても、ひとりひとりが自分でワクチンを打てるようにする。シールをはがして皮膚に押しつけるタイプの器具を開発し、それを宅配や郵便で送る。

宅配ボックス】 配達員を介して感染が広がる可能性も考えられる。全国民の自宅に宅配ボックスを設置する。



最も危険なのは、病院であると述べた。
次に危険なのは、満員電車である。
どんなに注意をしても、満員電車に一回のるだけで、すべての感染予防の配慮が水の泡になる。
それほど、満員電車は危険だ。

企業が一極集中してしまう条件をなくして、満員電車で通勤しなくてもよいようにする必要がある。
また、ひとりひとりの働き方を変える必要がある。

私たちの社会を、無駄に人と会わなくても仕事ができる社会にすることだ。
どれほど、無駄な会議が多いことか。

必要な会議や打ち合わせは、電子媒体で行うことにする。
必要不可欠な会議にかぎり、テレビ会議システムを採用する。

この技術が世に広まれば、これまでどれほど無駄な会議が多かったか明らかになるだろう。

経済・医療システムが「実際に会う」人間関係に依存しなくてもよいようになれば、人口が大都市に集中する必要がなくなる。
このことによって、満員電車に乗る必要性も減る。

この社会システムの変化を短期間で起こす必要がある。

もちろん、学ぶ仕方も、無意味に人が集まらなくてもよいスタイルに代える。
たとえば、e-ラーニングでできるものは、e-ラーニングで行う。そのために、e-ラーニングの技術開発に大きな予算を割く。



経済効果

さて、グローバル化した世界で、新型病原菌による大量死を回避するための上記の緊急提言は、実は日本経済を強くする政策にもなっている。
つまり、安全と繁栄を両方もたらす一石二鳥の政策なのである。

● 電子診断と宅配医療は、医療費を大幅にコストダウンさせるだろう。ちょっとした身体の変調でも、命に関わる病気であったらおそろしいので一応、病院に行って診察を受けて、検査をすることが多い。そのために何時間も待たされて、5分診察を受けるといったことも多い。
血液や脈拍や心電図などの簡単なものは、電子機器によって自宅の端末と病院をつないで「出頭」することなくモニターを継続できるようにできる。そして、必要に応じて医師や専門家から指導や呼び出しを受けるようにする。

● 現在の日本は、男性も女性も仕事をする社会になっている。また、単身世帯も増えている。自宅に誰もいないことが多いので、配達物を受け取ることがなかなかできない。ポストには不在通知がたまる一方だ。結局、休日に配達物を受け取るために自宅で待機していなければならなくなる。時間指定はむずかしい。だいたい、午前中とか、午後とか、夜とか、そういった時間の刻みである。宅配のおかげで、せっかくの休日の半分が自宅待機で潰されてしまう。
 これはひどく不便である。
 そのために、インターネットを用いた宅配による買い物が、いまひとつ、世の中に広がらない。
 しかし、各家庭に一つ、宅配ボックスを設置することによって、この不便さがなくなる。
 店舗がいらないインターネット&宅配による売買は、コストを下げ、経済効率を高くする。そして、市場が元気になる。そのためには、宅配ボックスの標準設置が必要になる。インターネットと宅配のビジネスは、宅配ボックスという「インフラストラクチャー」によって支えられる。このインフラの整備を、インフルエンザ対策と経済対策の一石二鳥として行うのだ。

● 無意味な会議や打ち合わせが減れば、企業はものすごいコストダウンを達成できる。とくに上層部の組織内の人間関係の政治は、それ自体、組織目標の達成を妨げる障害である。
 効率のよい仕事をして、だらだらと職場に滞留することなく、あっさりと家に帰る。そんなに人に会わなくても効率よく回転する経済システムによる繁栄分を、企業上層部の役員報酬などにまわすことなく、税金で吸い上げて医療費や教育費やセーフティネットの予算にまわす。
むしろ、新しいシステムは、会議をしてリッチに生活している上層部の人員(特に組織内で人間関係の政治をする人たち)のダブツキが、いかに組織にとって「いらない」ものであったのかを明らかにするだろう。

● 人と会う必要がなければ、人口密集地帯にオフィスをかまえる必要がなくなる。高額な土地家屋代、テナント代が、いらなくなる。日ごろ酒を酌み交わしたり、なかよしごっこ(人格の査定ごっこ)をしたりしなくても、信頼してビジネスを行うことができるシステムを構築することは、経済を飛躍的に発展させる。会ったこともない人との間で、さくさく、するするビジネスができる社会は、経済インフラの整った社会である。

● 土地がべらぼうに高い東京に企業が拠点を置くのは、実際に会ってべたべたつきあう有力者のネットワークを維持する必要にかられてであった。企業にこの「必要」を要求するのは、経済にとってはマイナスである。都心の高額なオフィスの費用は、企業の足かせである。この「必要」から解放されたら、日本経済は、ものすごいコストダウンを達成することになる。

● 日本経済は、新型の病原菌によって人口密集を許されなくなるという条件を強制されることによって、もう1段階進化し、発展することになる。この可能性に賭けようではないか。

● e-ラーニングの技術を上げ、普及させることによって、マンパワーを低コストで引き上げることができる。また、人がべたべた集まらなくても、自分で学習し進化できる有能な人口層の増大は、日本経済を繁栄させるだろう(学校教育によって、べたべた集まって互いの内蔵の臭いをかぎあっていなければ何もできない無能な人間が量産されてきた(拙著『いじめの構造:なぜ人が怪物になるのか』(講談社現代新書))参照。インターネットは、さまざまなプラスやマイナスの効果を及ぼしたと言われているが、人々に自分で調べる学習の機会を与えたことは、意外とネット評論家のあいだで大きな論点になっていない)。

●上記の政策は、新しい市場のニーズと雇用を生み出す。経済政策は、麻生政権がやっているような無意味なばらまきではなく、新しいニッチを生み出すようなしかたでなされなければならない。それを、インフルエンザ対策と一石二鳥で行うことができるのだ。


 もう一度くりかえそう。

1 新型インフルエンザに関して言えば、本当にこわいのは、鳥の殺人ウィルスが豚に入って、それから人の間で大流行することである。インフルエンザに限らず、グローバル化された世界では、感染力の高い病原菌は狭い地域の風土病にとどまることはなく、瞬時に世界に広がって、人類の大量死をもたらしかねない。その可能性は十分ある。それに対して、水際作戦には限界がある。その用途は、もっぱら時間かせぎである。実効的で永続的な効果をもたらすためには、医療・社会システムを変えることによって対処するしかない。

2 大厄災への対処は、社会システムを変えるチャンスにもなる。

 大厄災への対処を、社会システムの改善と一石二鳥になるように行う危機対処が、もっとも賢い政策である。

 政策は、ひとつのことが、同時に複数のプラスの効果を及ぼすように行うものである。

 わたしは、必要にせまられてやるしかないインフルエンザ(あるいはグローバル時代の病原菌)対策を、いきづまった日本社会の改革と一石二鳥になるデザインで実行することを提言する。





2009年5月に、わたしがこの提言を世に問うたことを忘れないでいただきたい。
将来、かならず、上記のアイデアが大きな意味を持ってくることになる。
このプランを他の国が採用してから、遅れて日本が「どうしよう、どうしよう」と右
往左往するときが来るかもしれない。
そのときは、このブログの記事を思い出してほしい。
2009年の時点で、日本政府がこの政策を採用していたら、こんなに多くの人が死
なずに済んだのに、こんなに経済が壊滅しなくてすんだのに、という未来が来ないこ
とを祈る。どうかわたしの言葉に耳を傾けてほしい。

★★ 社会心理現象としては、「青少年凶悪化」のデマが世を駆け巡ったときと同じタイプの「過剰反応」のメカニズムが大衆を動かすことになるのかもしれない。しかし、そのような衆愚現象とは別の次元で、サイエンスの次元で、大きな危険がある。WHOの科学者たちは鳥インフルエンザをはじめ新型病原菌に大きな危機感をもって警戒をしてきた。伝染病の専門家たちは、グローバル化した世界では、かつてなら風土病で済んだものが、現在では瞬時に地球を駆けめぐることに警鐘を鳴らしてきた。日本はその対策を怠ってきた。衆愚現象としての「過剰反応」が好ましくないからといって、それは、警戒を呼びかけない理由にはならない。